孫市さんと余裕さん
説明01
公開日:2024.05.13
更新日:2025.07.15
更新日:2025.07.15
01
「いつも無理難題をすまんなぁ、紫暮殿。」
口ではそう言いながらも、申し訳ないとは露ほども思っていないであろう、この秀吉という男。頼みがあると呼び出されたときには、決まって難題を持ちかけられる。
もちろん今回も例外ではなかったのだが、秀吉も「どのような依頼内容であれば受けてもらえるか」を考えているらしく、その依頼は少し変わっていて面白い。
興味がわかない仕事ほど退屈なものはないと思っている紫暮にとって、秀吉の依頼は「やりがいがある」といえなくもない。
出されていた茶を一口飲んで、紫暮は「確かに承りました」と返した。
「ところで秀吉様。先ほどから隅に控えていらっしゃる方は、いつご紹介くださるのでしょう。」
茶を運んできた若い男が、部屋を出ることなくそのまま隅に座っている。秀吉が同席させたということは、それだけ信頼の置ける人物なのだろう。
秀吉がちらりとその男の方を見て頷くと、男は一度深々と頭を下げ、それから堅苦しい挨拶とともに名を名乗る。「石田三成」と。
石田三成といえば秀吉が特に目をかけている将の一人で、算術が得意な後方支援型、理想を高く持つがゆえに少々難のある人物だと聞いている。
仕事に影響のない「難あり」ならいいのだが。
席を離れて三成の傍へ寄った紫暮は、視線を合わせるように膝を折り、にこりと笑いかけた。
「町はずれの鍛冶場を仕切る、紫暮と申します。どうぞ、御贔屓に。」
そう言って手を差し出すと、三成はその意味を理解しかねたのか、僅かに間があいてから紫暮の手を握る。
両手でしっかりと三成の手を握った紫暮は、僅かに頷いてその手を離し、元の席へと戻った。
話し方やその見た目から、武術や鍛錬といったことにはあまり時間を割かないのかと思ってしまったのだが、どうやらそうでもないらしい。
握った掌は確かに武具を持つ人間の手だった。
秀吉配下の石田といえば、得物は確か鉄扇だったか……。
「これからはわしの代わりにこの三成が伺いますんで、ま、お手柔らかに。」
秀吉は「あまりいじめないでくれ」と釘を刺したつもりだろうが、そう言われると逆に意地悪をしてみたくなる。
我ながら性格が悪いと思いながらも、少し三成を試してみようと、紫暮は口を開いた。
「 ―― 私も、随分と軽くみられたものですね。」
訪ねてくるのが秀吉であろうと三成であろうと、それこそ名も知らぬ者であろうと一向に構わないのだが、あえてそれが気に障ったような口調で言い放つ。
さすがに秀吉は冗談だと分かっているようだが、さて、三成はどうだろうか。
何かしらの弁明が始まるのか、この場は控えたままで通すのか。
しばらく出方を見ていたが、三成はどうやら後者の立場をとるらしく、何も言ってこない。
しかしながら、その目を見れば快く思っていないことは十二分に伝わってくる。
「石田様はとても正直でいらっしゃる。」
ふふ、と紫暮が笑みをこぼすと、秀吉が「たった今『お手柔らかに』と言ったばかりじゃろう」と、半ば呆れたように息を吐く。
これは失礼をと言いながら、紫暮は横に置いていた書状を手にし、すっと二人の前へ差し出した。
「今日のところは、こちらでご容赦願います。」
書状の中身は、町の状況や外の状況、近隣の村の状況などを事細かに記したもので、ついでに、あれが足りない、これはこうしてくれると助かる、など、町人から得た情報をもとにあれこれ書き留めたものだ。
時間があれば直接秀吉に話すこともあるが、最近は互いに多忙なこともあり、書状での報告に切り替えた。
秀吉にしてみれば決して気分のいい内容ばかりではないが、それでもできることがあれば迅速に対応してくれる。
そこが秀吉のいいところであり、紫暮が力を貸す最大の理由でもある。
最後にもう一つ、と、三成に視線を移す紫暮。三成は相変わらず気に入らないという顔をしているが、紫暮は気にせず話しかける。
「石田様は扇を手に戦へ赴くとか。その『舞』、ぜひ拝見したいものです。」
断る、と即答しそうな三成に会釈し、紫暮は少し下がって両手をつき深々と頭を下げる。
それからすっと立ち上がると、座敷を後にした。
とりあえずああ言っておけば、あとは秀吉がなんとか三成を言いくるめてくれるだろう。日取りを決めた知らせが届くまでの間に、鉄扇についての知識を深めておかなければ。
鍛冶衆には「またですか」と叱られてしまいそうだが、新しい技術や知識を得ることは重要だと思っているし、何より楽しい。
極めたいというわけではないが、依頼を受ける中で「専門外だから作れない」とは言いたくない。
まずは近くの鍛冶場を回って話を聞くことから始めようと、紫暮は足早に秀吉の屋敷から立ち去った。
口ではそう言いながらも、申し訳ないとは露ほども思っていないであろう、この秀吉という男。頼みがあると呼び出されたときには、決まって難題を持ちかけられる。
もちろん今回も例外ではなかったのだが、秀吉も「どのような依頼内容であれば受けてもらえるか」を考えているらしく、その依頼は少し変わっていて面白い。
興味がわかない仕事ほど退屈なものはないと思っている紫暮にとって、秀吉の依頼は「やりがいがある」といえなくもない。
出されていた茶を一口飲んで、紫暮は「確かに承りました」と返した。
「ところで秀吉様。先ほどから隅に控えていらっしゃる方は、いつご紹介くださるのでしょう。」
茶を運んできた若い男が、部屋を出ることなくそのまま隅に座っている。秀吉が同席させたということは、それだけ信頼の置ける人物なのだろう。
秀吉がちらりとその男の方を見て頷くと、男は一度深々と頭を下げ、それから堅苦しい挨拶とともに名を名乗る。「石田三成」と。
石田三成といえば秀吉が特に目をかけている将の一人で、算術が得意な後方支援型、理想を高く持つがゆえに少々難のある人物だと聞いている。
仕事に影響のない「難あり」ならいいのだが。
席を離れて三成の傍へ寄った紫暮は、視線を合わせるように膝を折り、にこりと笑いかけた。
「町はずれの鍛冶場を仕切る、紫暮と申します。どうぞ、御贔屓に。」
そう言って手を差し出すと、三成はその意味を理解しかねたのか、僅かに間があいてから紫暮の手を握る。
両手でしっかりと三成の手を握った紫暮は、僅かに頷いてその手を離し、元の席へと戻った。
話し方やその見た目から、武術や鍛錬といったことにはあまり時間を割かないのかと思ってしまったのだが、どうやらそうでもないらしい。
握った掌は確かに武具を持つ人間の手だった。
秀吉配下の石田といえば、得物は確か鉄扇だったか……。
「これからはわしの代わりにこの三成が伺いますんで、ま、お手柔らかに。」
秀吉は「あまりいじめないでくれ」と釘を刺したつもりだろうが、そう言われると逆に意地悪をしてみたくなる。
我ながら性格が悪いと思いながらも、少し三成を試してみようと、紫暮は口を開いた。
「 ―― 私も、随分と軽くみられたものですね。」
訪ねてくるのが秀吉であろうと三成であろうと、それこそ名も知らぬ者であろうと一向に構わないのだが、あえてそれが気に障ったような口調で言い放つ。
さすがに秀吉は冗談だと分かっているようだが、さて、三成はどうだろうか。
何かしらの弁明が始まるのか、この場は控えたままで通すのか。
しばらく出方を見ていたが、三成はどうやら後者の立場をとるらしく、何も言ってこない。
しかしながら、その目を見れば快く思っていないことは十二分に伝わってくる。
「石田様はとても正直でいらっしゃる。」
ふふ、と紫暮が笑みをこぼすと、秀吉が「たった今『お手柔らかに』と言ったばかりじゃろう」と、半ば呆れたように息を吐く。
これは失礼をと言いながら、紫暮は横に置いていた書状を手にし、すっと二人の前へ差し出した。
「今日のところは、こちらでご容赦願います。」
書状の中身は、町の状況や外の状況、近隣の村の状況などを事細かに記したもので、ついでに、あれが足りない、これはこうしてくれると助かる、など、町人から得た情報をもとにあれこれ書き留めたものだ。
時間があれば直接秀吉に話すこともあるが、最近は互いに多忙なこともあり、書状での報告に切り替えた。
秀吉にしてみれば決して気分のいい内容ばかりではないが、それでもできることがあれば迅速に対応してくれる。
そこが秀吉のいいところであり、紫暮が力を貸す最大の理由でもある。
最後にもう一つ、と、三成に視線を移す紫暮。三成は相変わらず気に入らないという顔をしているが、紫暮は気にせず話しかける。
「石田様は扇を手に戦へ赴くとか。その『舞』、ぜひ拝見したいものです。」
断る、と即答しそうな三成に会釈し、紫暮は少し下がって両手をつき深々と頭を下げる。
それからすっと立ち上がると、座敷を後にした。
とりあえずああ言っておけば、あとは秀吉がなんとか三成を言いくるめてくれるだろう。日取りを決めた知らせが届くまでの間に、鉄扇についての知識を深めておかなければ。
鍛冶衆には「またですか」と叱られてしまいそうだが、新しい技術や知識を得ることは重要だと思っているし、何より楽しい。
極めたいというわけではないが、依頼を受ける中で「専門外だから作れない」とは言いたくない。
まずは近くの鍛冶場を回って話を聞くことから始めようと、紫暮は足早に秀吉の屋敷から立ち去った。
「いやー、いつもながら紫暮殿は手厳しい。わしもまだまだ修行が足らんわ。」
手に嫌な汗をかいたと、秀吉は大きく息を吐く。それから一口茶をすすると、上手くやっていけそうか、と三成を見る。
少し考えた後で、三成は正直に答える。
「分かりません」と。
物腰柔らかで品があり、使う言葉や話し方からも教養の高さがうかがえる。加えて、心の内を見抜くような鋭い眼差しと、秀吉を相手に引けを取らないほどの威厳。鍛冶と聞いていなければ、使者として赴いた他家の将かと思ったことだろう。
「……まあ、紫暮殿はいくつも顔を持っておるし、本質を見極めるには時間もかかる。気長にやりゃええ。」
ちなみに今日の紫暮は対外用、つまり交渉用の顔をしていたが、鍛冶場にいれば鍛冶としての顔と鍛冶棟梁としての顔、町に出れば町民の顔と商全体を仕切る役目の顔など、いくつもの顔を使い分けるのだという。
「三成。わしはな、何があっても紫暮殿だけは敵に回したくないと思っとる。」
言いながら立ち上がった秀吉は、少し離れた場所に置かれていた紫暮の書状を拾い、三成に手渡す。
理由の一つが、これだ、と。
中を確認するよう言われた三成は、厚めの紙を開いて折りたたまれた書状を広げた。
書道の手本のような整った文字がまっすぐに並び、その几帳面な性格が見て取れる。
内容は、民に近いからこそ見えてくる細々とした問題から、町としての、国としての問題まで多岐にわたる。
驚くべきは、「提案」という名の解決策の数々。労力と時間とカネを秤にかけ、何をどれだけ重視するかによって異なる見積もりが示されている。
「仕事の合間を縫って町とその周辺の動きに目を配り、必要だと判断すればこうして報告が来る。良いことも、悪いことも。」
書状をもとにどう動くかは秀吉に委ねられているものの、疎かにすれば、恐らく二度と報告は上がってこないだろう。
人前では秀吉の顔を立てながら、その実は秀吉と対等であり、信頼を失えば簡単に関係が切れる。しっかりと向き合っていなければならない、難しい相手であることは間違いない。
書状を元通りにたたんで戻すと、三成は秀吉の前に差し出す。秀吉はその書状を懐にしまい込んで立ち上がり、それから三成を見やると、何故かにやりと笑った。
「いいか、三成。紫暮殿は、かよわ~い女子じゃ。それだけは忘れんように、な。」
はい、と答えようとした三成だったが、違和感を覚え、秀吉の言葉を心の内で繰り返す。確か秀吉はこう言ったはずだ。
か弱い女子、と。
表情を読んだのか、したり顔の秀吉は上機嫌で座敷を出ていく。三成は平伏して送り、遠ざかる足音を聞きながら静かに顔を上げた。
予想外の情報が多すぎて、処理が追いつかない。
町はずれにある鍛冶場の棟梁といえば、天下一の称号を賜り、未だその座に在り続ける名匠だ。この辺りで知らぬ者はない。
紫暮の言葉をそのまま受け取るならば、棟梁 ―― つまり天下一の鍛冶 ―― は彼女だということになるのだが、頭の固い「上」の人間が、女性である紫暮を天下一として認めるなど有り得るだろうか。
気になったのは、それだけではない。そう、あの書状だ。
そもそも仕事の合間に収集できるような内容ではないし、仮に紫暮が普段は鍛冶衆に指示を出すだけで、比較的自由に動ける時間があるのだとしても、町の外の状況まで詳細に入手できるとは思えない。
本質を見極めるには時間がかかる、という秀吉の言い回しも引っかかる。
そこには何か意図があるような気がしてならない。
疑問は尽きないが、これではきりがないと、三成は一度頭を切り替える。この先幾度も顔を合わせていれば、見えてくることもあるだろう。
近くに置いていた盆を手にして、三成は二つの茶碗を回収する。それから、静かに座敷を後にした。
手に嫌な汗をかいたと、秀吉は大きく息を吐く。それから一口茶をすすると、上手くやっていけそうか、と三成を見る。
少し考えた後で、三成は正直に答える。
「分かりません」と。
物腰柔らかで品があり、使う言葉や話し方からも教養の高さがうかがえる。加えて、心の内を見抜くような鋭い眼差しと、秀吉を相手に引けを取らないほどの威厳。鍛冶と聞いていなければ、使者として赴いた他家の将かと思ったことだろう。
「……まあ、紫暮殿はいくつも顔を持っておるし、本質を見極めるには時間もかかる。気長にやりゃええ。」
ちなみに今日の紫暮は対外用、つまり交渉用の顔をしていたが、鍛冶場にいれば鍛冶としての顔と鍛冶棟梁としての顔、町に出れば町民の顔と商全体を仕切る役目の顔など、いくつもの顔を使い分けるのだという。
「三成。わしはな、何があっても紫暮殿だけは敵に回したくないと思っとる。」
言いながら立ち上がった秀吉は、少し離れた場所に置かれていた紫暮の書状を拾い、三成に手渡す。
理由の一つが、これだ、と。
中を確認するよう言われた三成は、厚めの紙を開いて折りたたまれた書状を広げた。
書道の手本のような整った文字がまっすぐに並び、その几帳面な性格が見て取れる。
内容は、民に近いからこそ見えてくる細々とした問題から、町としての、国としての問題まで多岐にわたる。
驚くべきは、「提案」という名の解決策の数々。労力と時間とカネを秤にかけ、何をどれだけ重視するかによって異なる見積もりが示されている。
「仕事の合間を縫って町とその周辺の動きに目を配り、必要だと判断すればこうして報告が来る。良いことも、悪いことも。」
書状をもとにどう動くかは秀吉に委ねられているものの、疎かにすれば、恐らく二度と報告は上がってこないだろう。
人前では秀吉の顔を立てながら、その実は秀吉と対等であり、信頼を失えば簡単に関係が切れる。しっかりと向き合っていなければならない、難しい相手であることは間違いない。
書状を元通りにたたんで戻すと、三成は秀吉の前に差し出す。秀吉はその書状を懐にしまい込んで立ち上がり、それから三成を見やると、何故かにやりと笑った。
「いいか、三成。紫暮殿は、かよわ~い女子じゃ。それだけは忘れんように、な。」
はい、と答えようとした三成だったが、違和感を覚え、秀吉の言葉を心の内で繰り返す。確か秀吉はこう言ったはずだ。
か弱い女子、と。
表情を読んだのか、したり顔の秀吉は上機嫌で座敷を出ていく。三成は平伏して送り、遠ざかる足音を聞きながら静かに顔を上げた。
予想外の情報が多すぎて、処理が追いつかない。
町はずれにある鍛冶場の棟梁といえば、天下一の称号を賜り、未だその座に在り続ける名匠だ。この辺りで知らぬ者はない。
紫暮の言葉をそのまま受け取るならば、棟梁 ―― つまり天下一の鍛冶 ―― は彼女だということになるのだが、頭の固い「上」の人間が、女性である紫暮を天下一として認めるなど有り得るだろうか。
気になったのは、それだけではない。そう、あの書状だ。
そもそも仕事の合間に収集できるような内容ではないし、仮に紫暮が普段は鍛冶衆に指示を出すだけで、比較的自由に動ける時間があるのだとしても、町の外の状況まで詳細に入手できるとは思えない。
本質を見極めるには時間がかかる、という秀吉の言い回しも引っかかる。
そこには何か意図があるような気がしてならない。
疑問は尽きないが、これではきりがないと、三成は一度頭を切り替える。この先幾度も顔を合わせていれば、見えてくることもあるだろう。
近くに置いていた盆を手にして、三成は二つの茶碗を回収する。それから、静かに座敷を後にした。
いろいろ忘れておりまして、慌てて設定資料やゲームを確認。
秀吉さんも三成さんも言葉に癖があるので、喋らせるのに一苦労です。
最後までお読みいただきありがとうございます。
この先も、お付き合いいただけましたら幸いです^^
ジュシン
秀吉さんも三成さんも言葉に癖があるので、喋らせるのに一苦労です。
最後までお読みいただきありがとうございます。
この先も、お付き合いいただけましたら幸いです^^
ジュシン
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