左近さんと余裕さん

説明01
公開日:2025.07.15
更新日:2025.07.15
01
「……それで、その天下一鍛冶殿ってのはどういうお方なんです?」


隣を歩いていた三成に問うと、彼は何かを思い出すように少しだけ視線を上げる。それから、ため息混じりに小さく答えた。


「使えるか使えないかという話なら、前者だ。」


質問の趣旨からはだいぶ離れた答えだったが、他人にも自分にも厳しい三成が「使える」という評価を下しているということは、それだけ有能な人物なのだろう。
ため息こそついたが、機嫌を損ねたようには見えないし、もしかすると、彼にしては珍しく「それなりに」仲良くやっているのかもしれない。

しかし、そうなると今まで耳にしてきた噂とは少し違う人物像になる。



噂では、気に入らないことがあれば追い返す、金や権力はもちろん脅しでも動かない。
自身が面白いと思った仕事のみを受け、仕事に関しては一切の妥協を許さない、という話だった。


頑固で気難しい昔ながらの職人、といった印象だが、三成の性格を考慮すると、これではどう考えても仲良くやっていけるわけがない。

なかなか難しいことになってきた、と、左近は腕を組んだ。



「お前とは、案外気が合うかもしれん。」


天下一鍛冶と呼ばれる人物についてあれこれ仮説を立てていた左近は、何の前触れもなく出されたその言葉に冗談のひとつもすぐには返せなかった。


「仲良くするなら、きれいな女性の方が有難いんですがね。」


いくらか間があいてから左近がそう答えると、三成は僅かに笑みを浮かべたようだった。




人が行き交う大通りを歩いていると、三成が急に歩調を速めた。いつもなら曲がるはずの道すら通り過ぎ、その足は真っ直ぐ進んでいく。
顔見知りがいたところで気づかぬ振りでやりすごす三成が、自ら足を向ける相手。

左近にはまったく心当たりがない。


そのままついていくと、突き当たりの茶店前で三成が立ち止まる。すぐ側の縁台に腰を下ろしていた人物が、ゆっくりと顔を上げた。



「……仕事明けか?ひどい顔だな。」


三成の第一声に、相手の顔を見るなりそれかと、左近は冷や冷やしながら相手の表情をうかがう。特に気分を害することもなかったのか、その人物は三成を見上げて笑ってみせた。


「はは、この顔がひどいのは生まれつきだよ、三成殿。」


声の高さから判断するに女性だろうか。派手な色柄の男物の着物、羽織には袖を通さず肩に掛けるだけという変わった装いで、三成が「ひどい顔だ」と表現したように、顔色が悪いどころか、憔悴しているようにも見える。

その出立ちも気にはなるが、それよりも、ここまで精根尽き果ててしまうほどの仕事とは……。



三成とその女性が軽く話し込んでいる間に、彼女が頼んでいたのであろう茶と団子が運ばれてくる。
縁台に置かれた茶を盆ごと手に取った女性は、そのまま三成の前に差し出した。断るだろうと思っていた矢先、三成は何の躊躇もなくその茶を受け取る。普段の三成からは想像できないその姿に、左近は驚きを隠せなかった。


「それが自然な流れであれば、三成殿も無下に断りはしないさ。もちろん、その時の機嫌にもよるが。」


そう言いながら、女性は「どうぞ」と皿の上の団子を勧めてくる。団子に手を伸ばしながら、左近はなるほど、と心の内で呟いた。

彼女にとって一連の行動は「普通」のことであり、そこには何の意図も見えない。だからこそ、相手に警戒心を抱かせずに済むのだろう。




話が一区切りついたのか、女性は立ち上がり、左近の方に向き直った。


「……そういえば、顔を合わせるのは初めてだったかな。」


三成から何度か話を聞いたことがあり、会ったつもりになっていたと笑った女性は、その後で手を差し出してくる。


「紫暮だ。この町で鍛冶をやってる。」


その手をとって軽く握り返せば、女性とは思えないほどしっかりとした感触を得る。
どこからかわいてくる嫌な予感に、左近の笑顔がひきつった。


「もしかして、あなたが噂の天下一鍛冶殿、ですか?」


今頃気づいたのかと言わんばかりの三成と、最初は誰もが「信じられない」という顔をするのだと、どこか楽しそうな紫暮。

この二人に騙されているのではないかと思ってしまうほど、彼女は「天下一鍛冶」像とは似ても似つかない。しかし、三成と話していた様子を思い返せば、確かに対等であり、品格も知識も決して三成に引けを取らない。


「私をそう呼ぶ人間もいる、それだけのことだよ、島左近殿。」
「最初にそう言ってくれれば、それなりに心の準備ってものが……」


茶店を後にしながら左近が文句を言っていると、顔を見るまで本人かどうか確証が得られなかったのだと三成が答える。
あれだけ派手な着物を着た人物など、この町で一度も見かけたことはないのだが、これ以上文句を言っても仕方がないと、左近は言葉を飲み込んだ。


それにしても、凄い人間がいたものだ。トゲのある三成の言葉を楽しむ余裕、皮肉を返せるだけの機転。気遣いを感じさせないほどの自然な振舞。
三成が「使える」と評価するだけのことはある。


穏やかな表情、静かな口調で話しながらも、どこか鋭さを残した紫暮には、噂も強ち嘘ばかりではないと思えるほどの「何か」を感じた。



「そういえば、殿の扇も彼女の作だと聞いていますが。」


先刻紫暮に尋ねたときには、刀剣や長柄などの近接武器が得意だと言っていたが、三成が扱うのは鉄扇であり、刀剣とは勝手が違いそうなものだ。

天下一の称号を持つとはいえ得手不得手があってもおかしくはないし、それぞれの鍛冶場に特色があることから考えても、武具のすべてに精通することは難しそうだが……。


「曰く、『努力と時間を惜しまなければ作れぬものはない』。」


三成の言葉に、彼女ならそう答えても不思議はないと左近は頷いた。
どれほどの難題を出されたとしても、彼女は「できない」とは言わないだろう。自らの可能性を否定するなど、ありえない。……そんな気がする。




「近く、鍛冶場を訪ねておけ。刀を見てくれるそうだ。」


以前、刀について話したことを、どうやら三成は覚えていてくれたらしい。素直に礼を言えば気まずい空気になりかねないので、左近は「承知しました」とだけ返す。

こういう対応ばかりしていると、そのうち三成以外の人間にも同様に返してしまいそうだと、左近は小さく溜息をついた。




屋敷へ戻るという三成と別れた左近は、人通りも疎らになった道を歩き出す。考えるのはやはり天下一鍛冶、紫暮のことだ。

仕事を終えたばかりで疲弊していたとはいえ、鍛冶には見えない血色の悪い顔、袖からのぞいた細い腕。彼女が炎を自在に操り、熱い鉄を打つ姿は想像することさえ難しいというのに、その腕前は天下一と称されるほど。彼女には申し訳ないが、俄には信じられない。


鍛冶場を訪ねれば分かるだろうか。
天下一たるその所以を ――
最後まで左近さん視点で申し訳ないです or2

主人公さん視点より、相手視点の方が圧倒的に書きやすいので……。


最後までお読みいただきありがとうございます。
この先も、お付き合いいただけましたら幸いです^^

ジュシン

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