光秀さんと余裕さん

公開日:2024.05.13
更新日:2025.07.15
02
数日前まで戦場だったその地に、光秀はひとり佇んでいた。ひどいものだと聞いてはいたが、眼前に広がるこの光景はそんな言葉では足りない。

幾重にも重なり放置されたままの死体、立ち込める煙と腐臭。目を覆う惨状というのは、正にこのことだろう。


いつになれば、この戦の世は終わりを告げるのか。
いつになれば、罪もない者が犠牲にならずに済むのか……


先がまだ、見えない。


いつの間にか強く握りしめていた手を緩め、しばらく見つめる。その後で、光秀は連れていた馬に跨り戦場跡をさらに進んだ。

視線を上げればそこには鮮やかな緑が広がり、空を見上げれば果てしなく青い。
どこにでもあるような風景のその中で、この場所だけが死に満ちている。


戦へ赴けば、いつ命を落としてもおかしくはない。それは十分に承知している。
だが、考えずにはいられなかった。

死にゆくその瞬間に、
自分は、何を思うのか ――
すべてを目に焼き付け、光秀は戦場跡を抜ける。馬を止めて振り返れば様々な思いが渦巻いたが、立ち止まることなど許されるはずもない。

複雑な思いを抱えたまま、光秀は街道へ向けて馬を走らせた。


しばらく走っていると、街道から少し離れた小高い丘の一角が、白や淡い桃色で彩られていることに気づく。
今時分なら、桜だろうか。

誘われるように、光秀はその場所へと向かった。


徐々に速度を落として馬をとめた光秀は、馬から降りると、樹々を見上げながら歩く。見事というほかにない、枝ぶりの立派な桜の木が立ち並ぶ。

陽の光を受けて輝くその花は、戯れる風に揺れ、儚く散りゆく。
その姿に、人の命を、自分の命を重ねた。

美しい光景を前に、思うのはその儚さばかり。これも己の弱さゆえ、なのか。


―― 彼女なら。


ふと、光秀はそう思った。
そう、きっと彼女なら、咲き誇る桜を前に儚さばかりを見はしない。
誰の目にも留まらず散りゆくこの桜の、力強さ、美しさに目を向けるはずだ。

「今」この時を大切にし、その先の「明日」に希望を見出せる彼女だからこそ……



足元から巻き起こる風に一瞬目を細めた光秀は、舞い上がる花びらのその向こうに、いるはずのない人の姿を見る。


「……紫暮、殿?」


幻でも見ているのだろうかと、光秀はただその姿を見つめた。音も気配もなく突然目の前に現れた紫暮は、差し込む陽の光を受けてぼんやりと白く浮かび上がって見える。


「桜に見惚れていたのか?光秀殿。」


そう言って、紫暮は穏やかに微笑む。
驚きを隠せないまま立ち尽くす光秀に、紫暮はすっと手を差し出した。


「幻だと思うのなら、その手で確かめればいい。」


消えてしまいそうなほど淡い輪郭のその手を取った光秀は、紫暮を引き寄せて腕の中に閉じ込める。
伝わるその温かさに、確かに彼女は「ここ」にいるのだと安堵する。


「死」への恐怖か。
「生」への執着か。


答えを出せずに、紫暮を強く抱きしめる。
紫暮は何も言わず、労るようにそっと両腕を回して背を包み込んでくれた。
「……すみません。」


光秀がそう言って離れると、紫暮は小さく首を横に振る。それから少し目を伏せて、「あの惨状を見れば不安にもなるよ」と、小さくこぼす。
あの惨状……それが意味するものは、つい先刻まで馬を走らせていた戦場跡のことだろう。


「ご存知だったのですね。」


光秀の問いに、紫暮は、ただ頷いた。
その瞳に、不気味なほど暗い影が落ちる。


自らの手で鍛えた武具が、戦で多くの人の命を守り、奪う。その葛藤を抱えながらも、紫暮は鍛冶として生きることを選んだ。

為すべきことは何かを常に頭の片隅に置き、すべてを背負う覚悟で、己が信じるその道を歩み続けてきた。


強くなければ、「紫暮」という生き方はできない。
されど、強さだけでは、生きられない ―― 。



長い沈黙の後で、紫暮は視線を上げ、まっすぐに光秀の目を見つめる。


「たとえば舞い散る花びらの如く、儚い命であったとしても。」


そう口を開いた紫暮の瞳に、強い光が宿る。
この世を生き抜こうとする、力強い光が。


「……大切なことは、何を為すか、ですね。」



いつか散りゆくものなれば、この桜のように咲き誇りたい。
たとえそれが、どれだけ辛く苦しいことだとしても。


桜を見上げた紫暮は僅かに表情を緩め、眩しそうにその手をかざした。
今回は始終光秀さん視点ですが、相手が想いを寄せることが多いので、相手視点の方が書きやすい上に若干糖度が上がります。

……あれ?全然糖度上がってないですか?おかしいな……。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この先も、お付き合いいただけましたら幸いです^^

ジュシン

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